人生をタマネギに例えるなら

なんか変なブログです。

言葉について。

こんばんは。

最近、言葉とは不便なものだなと感じます。僕にはこの思いがあり、それを誰かに伝えたいのに、うまく言葉にできません。それが苦しい、もどかしい。こうやって文章を書いていてもそれは感じるのですが、生身の人間と相対しているときには更に強烈に感じます。僕は生まれつき「吃音症」を持ってるのでそのことも影響しているのかもしれません。子供のころからとにかく他人とのコミュニケーションが苦手で、どれだけ相手のことを思っても3分の1も伝わらなかった。

思えば、言葉なんてただの共通概念でしかありません。人間にはそれぞれ固有の世界があり、視点があり、思いがあります。それらは一人一人違います。例えば、「アワビ」という言葉から連想するイメージは僕とあなたで違うでしょう。あなたは普通のアワビを連想したかもしれないが、僕はエッチな意味でしか捉えられない。このように、人間一人一人の内的世界には隔たりがあり、齟齬があるんです。しかしそれだと世の中がうまく回らない、至極不便である。だから人間は、共通のイメージを想起できるような、普遍的な概念として「言葉」を生み出した。

しかしそこに道具としての言葉の欠陥があると思う。人間の感情や思いは言葉という記号で言い表すには多すぎて、どんな言葉を繋いでも100%正確な模倣はできない。

相手に僕の感情や思いが伝わるには、以下のような手順を踏まないといけない。

僕の感情や思い→言葉という共通概念→相手の感情や思い。

このように僕と相手との間に言葉という異物を挟まないと人間はコミュニケーションが取れない。しかしその言葉も100%僕の思いを伝導するわけではない。

だから言葉というのは欠陥品なんだよ。でもそんな言葉を通してしか感情や思いを伝えられない僕ら人間はもっと欠陥してるんだよ。

そんなことを考える。22の夜。